実行機能とワーキングメモリ~子どもの成長を支える脳の力~
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WISC検査等にも登場するワーキングメモリ。「ワーキングメモリを鍛える」というタイトルの書籍も書店などで見かけますが、本当のところはどうなのでしょうか?専門的な立場で言うと、ワーキングメモリを鍛えるという言葉は語弊があるのかなと感じています。この記事では、脳の実行機能の話を通して、どのように子どもの成長を支援していけば良いのかをお話ししたいと思います。
目次
- 1:実行機能とワーキングメモリの基本理解
1-1:脳の「航空管制システム」としての実行機能
1-2:日常生活における実行機能の重要性
1-3:ワーキングメモリとは何か
1-4:なぜワーキングメモリは鍛えることが難しいのか - 2:実行機能は鍛えられる~脳の可塑性と発達~
2-1:実行機能の発達過程
2-2:脳の可塑性と神経回路 - 3:実行機能の12要素と子どもの発達
3-1:反応の抑制と感情コントロール
3-2:計画力と目標への持続性
3-3:柔軟性とストレス耐性 - 4:子どもの実行機能を鍛える具体的な方法
4-1:日常生活できるトレーニング
4-2:意図的な体験の設計
4-3:子どもが主体的に取り組める環境づくり - 5:まとめ
実行機能とワーキングメモリとは
脳の「航空管制システム」としての実行機能
みなさんは「実行機能」という言葉を聞いたことがありますか?
これは、私たちの脳の中で「管制官」のような働きをする能力のことです。空港で飛行機の離着陸を管理する航空管制官のように、脳の中でもいろいろな情報や行動を整理して、うまくコントロールしています。
この実行機能のおかげで、私たちは「自分の手で夢を叶える」ことができるのです。例えば、お子さんが「ピアノが上手になりたい」と思ったとき、毎日練習して、難しい曲にもチャレンジして、最終的に発表会で素敵な演奏ができるようになる—このプロセス全体に実行機能が関わっています。
大切なポイントは、実行機能は訓練で鍛えられるということです。一方、「ワーキングメモリ」と呼ばれる、情報を一時的に覚えておく能力は、生まれつきの特性が強く、大きく変えることは難しいとされています。この違いを知ることが、子どもの成長をサポートするうえでとても大事なのです。
日常生活で使う実行機能
私たちは日常生活のいろんな場面で実行機能を使っています。特にお母さんは毎日のように実行機能をフル活用しているといえるでしょう。
例えば、夕食の準備をするとき、
「今日は何を作ろう」と考え(目標設定)、
「冷蔵庫に何が残っているかな」と思い出し(ワーキングメモリの活用)、
「まず野菜を切って、そのあいだに肉を下味につけよう」と順番を考え(計画と優先順位付け)、実際に料理を始めます(課題の開始)。
そして「あ、塩がない!」という予想外の出来事に対応し(柔軟性)、
煮物の火加減を見ながらサラダも作る(注意の持続と分配)
という感じです。
さらに、子育て中のご家庭では、子どもの予想外の行動や気分の変化に対応しながら、家事や仕事をこなしていく必要があります。
実行機能が高い人は、こういった毎日のタスクをスムーズにこなせますが、実行機能に課題があると「何から手をつければいいかわからない」「途中で気が散ってしまう」といった困難に直面することがあります。
特に発達障害や学習障害のあるお子さんは、この実行機能に課題を抱えていることが多いのですが、実行機能は訓練で高めることができるので、適切なサポートで大きく成長する可能性があります。
ワーキングメモリとは何か
ワーキングメモリとは、情報を一時的に覚えておきながら処理する能力のことです。例えば、レシピを見て「砂糖大さじ2杯」と確認した後、その情報を頭に留めながら実際に砂糖を計る、という単純な作業でもワーキングメモリが使われています。
重要なのは、ワーキングメモリには「容量の限界」があることです。大人でも平均して5〜9個の情報しか同時に覚えておけません。
この容量は生まれつき決まっていて、トレーニングで大きく増やすことは難しいとされています。例えるなら、筋トレで筋肉は大きくなっても、骨格そのものは変わらないのと似ています。
なぜワーキングメモリは鍛えにくいのか
多くの研究者が「ワーキングメモリ訓練」を研究してきましたが、特定の課題は上手になっても、日常生活の様々な場面でも効果があるという確かな証拠は得られていません。
しかし、ワーキングメモリに限界があっても、子どもの能力を伸ばすことはできます。大切なのは「ワーキングメモリを賢く使う方法」を身につけることと、「実行機能の他の部分を強化する」ことです。
例えば、メモを取る習慣をつけたり、情報を意味のあるまとまりに区切る(チャンク化)する方法を教えたりすることが効果的です。また、集中力を保ち(注意の持続)、関係ない情報に反応しないようにする(反応の抑制)ことで、限られたワーキングメモリの容量を最大限に活用できるようになります。
実行機能は鍛えられる
実行機能の発達過程
実行機能は生まれてすぐに完成しているわけではなく、乳幼児期から少しずつ発達し、20代半ばまで成長し続けます。各年齢で発達する能力は少しずつ違います。
- 幼児期(2〜5歳):「待つ」ことや簡単なルールを守る力が発達
- 学童期(6〜12歳):計画を立てたり、長時間集中したりする力が発達
- 思春期(13〜18歳):将来のことを考えた判断や、目標に向かって行動する力が発達
- 成人期:25歳くらいまで脳の前頭前皮質が成熟し、実行機能も発達し続ける
実行機能には「特に発達しやすい時期」がありますが、どの年齢でも適切な経験や訓練によって強化できるのがポイントです。これはワーキングメモリとの大きな違いです。
脳の可塑性と神経回路
「脳の可塑性」という言葉を聞いたことがありますか?
これは、脳が経験によって物理的に変化する能力のことです。何かを繰り返し練習すると、脳内の関連する神経回路が強化されていきます。
これは、よく通る道が次第に広くなっていくのと似ています。最初は細い獣道のような神経回路も、何度も使われることで、広い道路のようになっていくのです。
実行機能も同様に、使えば使うほど強くなります。特に子どもの脳は変化しやすいので、小さい頃から実行機能を使う経験を積むことが、将来の能力の土台づくりにとても重要です。
研究によれば、子どもの頃に実行機能が高いと、将来の学業成績、仕事の成功、健康状態、人間関係まで様々な面でよい結果と関連しています。そして、実行機能のトレーニングは特別な道具や知識がなくても、日常生活の中でできるのです。
実行機能の12要素と子どもの発達
12の要素とは、「反応の抑制」「ワーキングメモリ」「感情のコントロール」「課題の開始」「持続的注意」「計画と優先順位付け」「整理と体系化」「柔軟性」「メタ認知」「目標への持続性」「ストレス耐性」のことです。
反応の抑制と感情コントロール
反応の抑制とは、衝動を抑えて適切な行動を選ぶ力です。例えば、4歳の子どもが友達のおもちゃが欲しくなったとき、「奪う」という衝動を抑えて「貸して」と言えるようになるのは、この能力のおかげです。
この力を育むには、「待つ」経験を意識的に取り入れるといいでしょう。「おやつの時間まであと10分」と伝え、待てたら褒めるといった簡単な練習や、「だるまさんがころんだ」のようなゲームも効果的です。
感情のコントロールについては、まず自分の感情に気づく力を育てることが大切です。
「今、どんな気持ち?」と聞いて、感情に名前をつける練習をしましょう。また、「怒りの温度計」を作って感情の強さを表現したり、「感情カード」で様々な感情を理解したりする活動も役立ちます(ステラでは、ムードメーターという教材を使ってこの力を伸ばしています)。
親自身が感情をコントロールする姿を見せることも重要です。「ママも今イライラしているから、ちょっと深呼吸してから話すね」というように、大人も感情と上手に付き合う姿を見せることで、子どもは多くを学びます。
計画力と目標への持続性
計画力を育むには、日常生活で「計画する機会」を意識的に作りましょう。週末の予定や誕生日会の準備を一緒に考えたり、「何をするか→何が必要か→どんな順番で進めるか」といった計画のプロセスを紙に書いたりすると効果的です。
最初は親がサポートしながら、徐々に子ども自身が計画を立てる経験を増やしていくといいでしょう。「今度のお出かけ、何を持っていったらいいと思う?」というように、子どもに考える機会を与えましょう。
目標への持続性を高めるには、子どもが「自分で選んだ目標」に取り組む経験が大切です。また、大きな目標を小さな段階に分けることも効果的です。例えば「自転車に乗れるようになる」という目標なら、「バランス感覚を養う→補助輪ありで練習→補助輪なしで少しずつ」といった段階を設定します。
各段階を達成するごとに達成感を味わえることで、子どもはさらに頑張る力を得られます。
柔軟性とストレス耐性
柔軟性を育むには、「変化」を日常に少しずつ取り入れるといいでしょう。いつもと違う道で帰宅する、遊びのルールに変化をつけるなど、小さな変化から始めてみましょう。
また、失敗したときに「別のやり方で試してみよう」と声をかけることで、一つの方法にこだわらない思考を育みます。
ストレス耐性については、「ちょうどいい難しさ」の課題に挑戦させることが大切です。子どもの能力より少し難しい、でも頑張ればできそうな課題が理想的です。
困難に直面したときには、すぐに助けるのではなく「どうすれば解決できるかな?」と一緒に考える姿勢も大切です。そして「失敗は成長のチャンス」という考え方を家庭で大切にしましょう。
子どもの実行機能を鍛える具体的な方法
日常生活できるトレーニング
料理、買い物、お手伝いなど、日常のどんな活動も実行機能のトレーニングになります。
例えば、一緒にクッキーを作るときには、材料を考え(計画)、段取りを組み(整理と体系化)、順番に作業を進め(注意の持続)、トラブルに対応し(柔軟性)、最後まで続ける(目標への持続性)といった要素が含まれています。
買い物でも「何を買うか」リストを作り(計画)、「どのお店で買うか」を考え(整理と体系化)、「予算はいくらにするか」を設定する(資源の管理)など、実行機能を使う場面がたくさんあります。
お手伝いも効果的です。洗濯物をたたむ、食器を並べる、おもちゃを片付けるといった作業は、整理と体系化の能力を高めます。最初は親が手伝いながら、徐々に自分でできるようにしていきましょう。
また、遊びの中でも実行機能を鍛えられます。「神経衰弱」は記憶力と集中力を、「UNO」は柔軟性とルールの理解を、「人生ゲーム」は計画性と対応力を鍛えます。「だるまさんがころんだ」などの体を動かす遊びも、反応の抑制を育むのに効果的です。
意図的な体験の設計
「経験が子どもを育てる」とよく言われますが、特に実行機能に関しては意図的に設計された経験が効果的です。
例えば、「動物園に行きたい」というリクエストがあれば、「行くには何が必要?」「どうやって行く?」「何を持っていく?」と具体的に考えさせることで計画力が育ちます。
また、工作などに取り組む際は、「完成形をイメージする→必要な材料を集める→手順を考える→実行する→見直す」という流れを経験させましょう。
重要なのは、子どもの年齢や能力に合わせて難しさを調整し、徐々に子ども自身が考え、決める部分を増やしていくことです。「今日はママが計画を立てるけど、明日は○○ちゃんが考えてね」というように、少しずつ責任を移していくといいでしょう。
子どもが主体的に取り組める環境づくり
実行機能を育むには、子どもが「自分で」取り組める環境が大切です。いつも指示されるのではなく、自分で考え、決め、行動する機会があってこそ、実行機能は鍛えられます。
そのためには、安全な範囲で「失敗してもいい」と思える家庭環境を作りましょう。「こうしなさい」と細かく指示するのではなく、「どうしたらいいと思う?」と子どもに考えさせる声かけを増やしましょう。
また、おもちゃや本を自分で取り出せる収納にする、自分で着替えられるよう服を手の届く場所に置くなど、「自分でできる」設計が子どもの主体性を育みます。
さらに、子どもが夢中になれる活動に十分な時間と場所を確保することも大切です。「没頭する」経験は、集中力や目標への持続性を高めるのに非常に価値があります。
こうした環境づくりは、一見遠回りに思えるかもしれません。子どもがやるよりも、親がやった方が早いことは多いものです。
しかし、「実行機能を鍛える機会」だと考えれば、子どもに任せることの意味がわかるでしょう。時間がかかっても、失敗しても、それが子どもの脳の成長につながるのです。
まとめ
実行機能とワーキングメモリについてお話ししてきましたが、最も大切なポイントは「ワーキングメモリには生まれつきの限界があるけれど、実行機能全体は訓練で強化できる」ということです。
子どもの発達は一直線ではなく、行ったり戻ったりしながら進むものです。焦らず、子どものペースを尊重しながら、楽しく取り組んでください。
そして何より、親子の温かい関係こそが、実行機能の発達を支える最も大切な土台だということを忘れないでください。
子どもたちが「自分の手で夢を叶える力」を身につけ、幸せな人生を送れるよう、私たち大人が知恵と愛情で支えていきましょう。